■ [う~ん]なんでだろう~
本日は大学院の試験です。私は喋らずに聞いています。
現職の方々が語ることを場を聞きながら、「あ、『学び合い』だったら、それに対して・・・・」と思います。が、言いません。分かりませんから。現職の方は、現状の価値観で評価された方々ですから。
ちなみに、私は30年間、上越教育大学に勤めていますが、西川ゼミに所属する現職院生の多くは県外です。県内の人はの多くは下越・中越が多く、上越教育大学にある上越は少ない。今までに3人だけです。
■ [嬉しい]感謝
同志のメモを読んで涙が止まりません。私は子どもが苦しんでいると辛くて仕方がない。子どもの苦しみを減じることが出来ると嬉しい。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/aki1021/20171124/1511509719
■ [大事なこと]昔から
我々の『学び合い』というアクティブ・ラーニングは言語という高度のコミュニケーション手段を持った群れる生物が、数百万年の生存競争の中で洗練したものです。意外かもしれませんが、人類の歴史の中で一斉指導が制度化したのは、近代学校制度が成立した200年弱だけです。それ以外の数百万年は『学び合い』で人類は過ごしていました。人類の歴史の中で一斉指導が成立したのも必然がありました。そしてそれが廃れていくのにも必然があると考えています。
ほ乳類一般は、本能の他に学習によって生きるすべを獲得しています。猿人の時代から、人類はその学習に依存する割合の高い生物です。その学習は組織的なものではなく、血縁者を中心とした小さいコミュニティの中で、仕事に参加する中で学んでいました。それらは中世では徒弟制度と言われました 。ところが近世になるに従って身分制度が崩壊します。それによって農夫の子は農夫になるとは限らず、商人の子は商人の子になるとは限りません。米を作る農夫になるための知識・技能、織物商人なるための知識・技能は限られています。だから徒弟制度にでも伝えられます。しかし、あらゆる職業になるための大人を育てるには、あらゆる職業に必要となる知識・技能を教え、学ばなければなりません。そして、それらの共通の知識・技能を抽出すれば、個々の具体的な仕事・作業から離れていきます。その結果として成立したのは、職場とは別個の組織的な学習の場である学校です。
当時の本は高価でした。コピー機もありません。学校で教える知識・技能を持っている人は、高学歴の一部の人だけです。つまり、教師からしか知識・技能を得ることはできません。一人の教師を雇うには予算がかかります。義務教育制度を維持することと、予算とのかねあいがあります。一人の教師が数十人の子どもを教えるとしたら、一斉指導しか方法が無かったのです。
板書というのも、書籍が高かったことからの便法なのです。当時の書籍は高価でした。かつて緒方洪庵の適々斎塾では一冊の辞書である「ズーフ・ハルマ」を、「ズーフ部屋」と言われる部屋で3、4人が写して利用していました。当時は、それしか方法が無かった。しかし、数十人の子どもに一斉に授業する形態では、そのような写本は出来ません。そのため、教師がそれを持ち、板書します。子どもはそれを手で写すのです。簡単に言えば、写経、写本のようなものです。板書は高邁な教育理論や理念によって成立した教育法では無く、一人の教師が多数の子どもを教えるという一斉指導は当時の時代の必然です。現在、板書に語られる意義は、成立の経緯を忘れた人の後付けの理屈だと思います。
つまり、教師の発問や板書が中心となる現在の授業は、明治当初の異常な状態に対応するための、異常な教育なのです。それは人類の数百万年を超える歴史の中で二百年弱しか無かったものです。そして、現在においても学校以外の教育の場(例えば職場)では『学び合い』で行われています。そして、学校においても部活指導は『学び合い』で行われています。少なくとも、安易にメンバーを切り捨てない職場や部活で、一定以上の成績を上げている職場や部活は『学び合い』で行われています。
だから、私は経営学の本を読みます。例えば、ドラッカー、センゲ、コリンズなどは、まさに『学び合い』というアクティブ・ラーニングです。私が一番参考にするのは、実証的データを大事にするリッカートです。
それ故、アンテナの高い経営者や経営団体から講演を頼まれます。