校長の中には、報告・連絡・相談をいちいち求め、一つ一つに判断する人もいます。私は、馬鹿だな~っと思いますし、かわいそうだな~とも思います。
私はゼミ生が報告・連絡を受けません。それを知っているのに希に報告・連絡をする場合があります。ほぼ100%、しっかり考えておらず、その責任を私に負わせようとする場合です。もちろん最終責任は私が負うことは知っているのですが、道義的責任すらも私の負わせようとする場合です。ですので拒否します。そうすればゼミ生達は再度考えます。
管下の主体性のない職員にとって報告・連絡を求められることは「楽」です。逆に主体性のある職員にとっては報告・連絡を求められることは苦痛で、主体性を殺してしまいます。
校内のことは全部知らぬ間に進んでいる。校長決裁の文章は職員の中で議論され、書類は職員が左手で署名し、捺印されるのです。校長は校外の仕事に集中し、それによって校内の職員がメリットを得る。
私はそういう校長の方が、楽しいし、充実しているように思います。
なお、このレベルは子どもでも出来ます。だって、結果を出している部活では上記のようにやっているはずです。ようはクラス集団をどう育てるかの問題です。それが出来るか否かが管理職の力量だと思っています。